2012年5月28日月曜日

「イノベーション」から「インベンティブ」へ

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ウオールストリートジャーナル 2012年 5月 23日 17:56 JST
http://jp.wsj.com/Business-Companies/node_447424

それは本当に「イノベーション」か? 言葉の乱用と薄れる意味

「イノベーション(技術革新)を達成したか?」と聞かれれば、ほぼ全ての企業が達成したと答えるだろう。

 テクノロジーから医薬品、スナック、化粧品に至るまであらゆる企業が、自分たちが最先端を行っていることを誇示しようと「イノベーション」という言葉をむやみに使用している。
 最高イノベーション責任者やイノベーションチーム、イノベーション戦略に始まり、イノベーション週間なるものまで声高にうたっている企業もある。

 だが、だからとってそれら企業が実際に何らかのイノベーションを行っているというわけではない。
 むしろ、至って普通の進歩をあたかも画期的な変化のように見せるためにイノベーションという言葉を使用している。

 かつてはやった「シナジー(相乗効果)」や「最適化」などのように、イノベーションも陳腐な決まり文句と化してしまう恐れがある。
 あるいは、もう既にそうなっているのかもしれない。

 「企業が自分たちはイノベーティブ(革新的)だとうたっているとき、大抵は何も成長していないにもかかわらず、何とか投資家にそう思わせようとしているだけにすぎない」。
 米ハーバード大学経営大学院の教授で、1997年に刊行された『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』の著者、クレイトン・クリステンセン氏は指摘する。

 米証券取引委員会(SEC)に提出された年次・四半期報告書を検索してみたところ、何らかの形で「イノベーション」という言葉を使用している企業は昨年、3万3528社にも上った。
 その5年前と比較して64%も増えている。

 ネット通販サイト、アマゾン・ドット・コムを検索したところ、タイトルに「イノベーション」という言葉が含まれた書籍は過去3カ月に250冊以上も出版されており、そのほとんどがビジネス書だ。

 「イノベーション」という言葉の定義は人によって大きく異なる。

  梱包(こんぽう)用の発泡ビニールシートなどを生産するシールドエアーコーポレーションのビル・ヒッキー最高経営責任者(CEO)は、
 「存在していない製品を新たに発明すること
だとし、必要な時にだけ膨らませることのできる包装材などがそうだと話す。

 飲料メーカーのオーシャン・スプレー・クランベリーズのランディ・パパデリスCEOは、クランベリーの皮から作った菓子「クレーズンズ」など、
 「従来見過ごされていたモノを原料に商品化すること
だと話す。

 医薬品大手ファイザーの研究開発責任者、ミカエル・ドルステン氏は、成人にも有効な幼児用ワクチンの使用範囲の拡大など、
 「製品の応用できる範囲を広げることにある
とする。

 イノベーションという言葉の意味の希薄化について警告した07年刊行の『イノベーションの神話』の著者、スコット・バークン氏は、
 イノベーションと呼ばれるもののほとんどは通常、単なる「非常に優れた製品」にすぎない
と指摘する。

 バークン氏は、イノベーションという言葉は電気や印刷機、電話など、
 文明的な変化をもたらす発明
に対して使うべきだとしている。
 最近の例でいえば、スマートフォン(高機能携帯電話)「アイフォーン」などがそうだろう。

 現在イノベーションコンサルタントとして働くバークン氏は、顧客企業にイノベーションという言葉を使わないよう助言している。

 「中身の足りなさを隠すために使用されるカメレオンのような言葉だ
と、バークン氏。

 イノベーションという言葉の流行は、新たなコンサルティング業を生み出した。
 コンサルティング会社ブーズ・アンド・カンパニーのイノベーション戦略コンサルタント、アレックス・キャンディビン氏の推計によると、フォーチュン誌の世界トップ企業100社はイノベーションコンサルタントに1プロジェクト当たり30万~100万ドル(約2400万~9000万円)支払っており、年間費用にして100万~1000万ドルに相当する。

 さらに、キャップジェミニ・コンサルティングが先月公表したイノベーションという言葉の流行に関する最近の調査結果によると、経営者10人に4人が自社に最高イノベーション責任者という役職があると回答している。

 結果は、世界中の経営者260人を対象に行ったオンラインによるアンケート調査と25人を対象に行った詳細なインタビューに基づいている。それによると、最高イノベーション責任者という役職は「形だけ」のものにすぎない場合もある。

 経営者の大半は、役職に見合った明確なイノベーション戦略がまだないことを認めている。

 イノベーションは決して新しい言葉ではない。
 米ホフスタ大学の言語プログラム責任者、ロバート・レナード氏によると、更新や変化を意味するラテン語「innovatus」から派生したもので、15世紀の書物に既に登場している。

 だが、製品の開発サイクルが短期化するにつれ、イノベーションという言葉は
 単に何か新しいことをするという意味だけでなく、それをより迅速に実行する
という意味も含まれるようになった、とレナード氏は話す。

 例えばキャンベル・スープは、スープから肉料理用のソースに至るまで、あらゆる新商品をライバル企業よりも早く市場に投入することを心がけていると話す。
 「今日ではアイデアはすぐに模倣されてしまう」
と、キャンベル・スープのバイス・プレジデント兼ジェネラル・マネジャーのダレン・セラーノ氏は言う。

 ハーバード大学のクリステンセン教授は、イノベーションを3つに分類している。
①. 1つは同じ製品をより安く作り出す「効率的イノベーション」で、信用調査の自動化などがそうだ。
②. 2つ目は、優れた製品をさらに改良する「持続的イノベーション」で、ハイブリッド(HV)車などがそれに当たる。
③. そして3つ目は、高価で複雑な製品をより安価で簡素なものへと作り替える「破壊的イノベーション」で、大型コンピューターからパソコンへのシフトなどがそうだ。

 クリステンセン教授は、
 企業にとって最も成長が見込めるのは破壊的イノベーションだとし、
 他の2つのイノベーションは単に通常の進歩でしかない場合も多く、通常新たな職やビジネスを生み出すものではないと話す。

 だが破壊的イノベーションが実を結ぶまでには5~8年かかる場合があり、多くの企業はそこまで待つことができない、とクリステンセン教授は説明する。

 さらに教授は、企業にとって単にイノベーションを行っていると言うのははるかに簡単だとし、
 「何らかの変化をイノベーションと言うのなら、誰もがイノベーションを行っているということになる」
と話す。

 イノベーションという言葉を頑固に使用してきたものの、いい加減嫌気がさしていることを認める企業もある。

 シールドエアーのヒッキーCEOは、少なくとも1980年代から会社の提出資料でイノベーションという言葉を使用してきたが、今後は使用をやめることを検討していると話す。

 では、次はどのような言葉を使用するつもりなのかを尋ねると、
 「インベンティブ(創意工夫に富んだ)
という答えが返ってきた。

 「インベンティブは心構えで、イノベーションはモノだ」とヒッキーCEOは述べ、その心構えで「首位を目指す」
と話す。

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記者: Leslie Kwoh



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